巨人・島耕作は存在するだけで人生の交差点を表現する

レビュー
木村 邦彦

法政大学文学部哲学科卒。記者、編集者。歴史、IT、金融、教育、スポーツなどのメディア運営に携わる。FP2級、宅建士。趣味はエアギターと絵画制作。コーヒー、競輪もこよなく愛す。執筆のご依頼募集中。

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 アニメの「進撃の巨人」が人気である。

 巨人に食われ、不条理に死んでゆく人間たち。誰が味方で誰が敵なのかも分からない、そんなシリアスさを含むストーリーだ。劇中に多く忍ばされた謎かけや伏線も魅力の一つでもある。巨人とは何なのか…。

 回を重ねるにしたがい、登場する巨人のバリエーションも増えてゆく。超大型巨人、鎧の巨人…、そして巨人・島耕作である。

 なぜ島耕作が巨人化したのか説明は一切ない。その説明のなさこそが重要だ。この世界は謎そのものだから。

 巨人・島耕作は存在するだけで人生の交差点を表現してしまう。そんな男の哀愁が、この巨人の魅力である。この巨人は、むやみに人を食ったりはせず、新橋や水道橋で酒を酌み交わすことを望む巨人である。島耕作は、巨人になってもサラリーマンであった。

 

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