疎遠になった親友の小説を読んで気づく 俺は「弱者男性」だった

10年前、友人が書いたWeb小説を見つけた。学生時代から周囲を見下していたエリートの主人公が、年月を経て没落。落ちぶれた後、「奴」から連絡が来たことについて「立場逆転の復讐だ」と感じている、殺伐とした内容だった。

主人公が過去を振り返る場面で、こんな一節に目が止まった。

「確かに学生時代、俺は奴に対して冷たく当たっていた。彼はいわゆる駄目な男、つまり、口だけで何もやらない、すぐひがむ、しつこい男。いつも周りを妬み、何かあると人のせいにした。そんな奴を俺は嫌悪し無視した」

読み進めるうち、その「奴」と呼ばれる人物が、ほかでもない自分自身をモデルにしていることに気づいた。

友人をH君と呼ぼう。高校生だった80年代からの付き合いで、アマチュア無線に熱中したり、バンドを組んだりした仲だった。彼は名門の旧帝大へ進み、エリートの道を歩んでいった。大学は別々だったが、卒業後も時折連絡を取り合っていた。しかし2000年代前半のある出来事をきっかけに疎遠になり、それから十数年が経っている。

親友だと思っていたのだが、当人はそんなつもりは毛頭なかったようで、リアルに会うよりも、ブログ記事や創作物を通して本音を知ることができると気づいた出来事でもあった。

小説に描かれた「駄目な男」と当時の自分

小説の中で、主人公は「奴」についてさらに詳しく語る。

「当時、奴から電話がかかってきても用事があるといってはすぐに切っていた。それでも奴は、あえて俺に怒られたいのか背中を押してもらいたいのかいつも絡んでくる。そんな甘えに当時の俺は応えている余裕などなかった」

「なるほど。そんな彼が長い年月を経て、落ちぶれた今の俺に復讐してきたというわけか」

文章を客観的に分析してみると、興味深い構造が見えてくる。主人公は一人称で語りながら、相手を「奴」という蔑称で呼んでいる。これは相当な嫌悪感の表れだろう。また「復讐」という言葉の選択も印象的だ。過去に何か後ろめたいことをしたという意識が滲んでいる。

確かに当時の私は、小説に描かれた通りの人間だった。いまでいう「弱者男性」(じゃくしゃだんせい)である。

弱者男性とは、現代日本の社会やネット上で使われる言葉で、貧困・独身・障害・容姿の悪さ・非正規雇用・低収入・コミュニケーション障害・恋人や配偶者の不在・発達障害や精神疾患など、さまざまな「弱者」とされる要素を複数持つ男性を指す。

20〜30代のころの私も将来への不安が強く、理想と現実のギャップに苦しんでいた。社会への批判的な見方も強く、周囲との軋轢も多かった。そんなとき、理解者を求めてH君に電話をすることがあった。

今思えば、彼にとってはかなり迷惑だったに違いない。私は自分の苦悩を一方的に語り、彼の意見に耳を傾けることは少なかった。「口だけで何もやらない」「すぐひがむ」「人のせいにする」という描写も、当たらずとも遠からずだったろう。

H君は当時、誰もが羨むような企業に勤める将来有望な青年だった。彼にとって、愚痴ばかりこぼす私との電話は確かに負担だったはずだ。「用事がある」と言って電話を切られることも多かった。

失われた友情と、行間に潜むメッセージ

決定的な亀裂が入ったのは、私がH君のウェブサイトについて苦言を呈したときだった。著作権の問題を指摘したのだが、勢いあまって彼のコンテンツについても批判的なことを言ってしまった。

当時の私は、彼の才能を信じていた。だからこそ、もっと良いものが作れるはずだと思っていた。しかし、その思いは全く伝わらず、彼を傷つけただけだった。

H君は激怒し、それ以来連絡が途絶えた。この小説が書かれたのは、おそらくその数年後のことである。

しかし不思議なことに、この辛辣な描写を読みながら、私は別の感情を感じ取っていた。

主人公が「落ちぶれた今の俺」と自己言及している箇所が気になる。H君は転職に失敗し、その後フリーランスの道を歩んでいると聞いていた。順風満帆だった彼の人生にも、挫折があったのだろう。

そして何より、この「復讐してきた」という表現だ。昔自分が冷たくした相手が、今の苦境に現れることへの屈折した感情が表れている。しかし、わざわざ小説という形で、この複雑な心境を描いているのはなぜだろうか。

私には、この文章の行間から「ごめんね」という声が聞こえてくるような気がした。もちろん、それは私の勝手な解釈かもしれない。単に、そう思いたいだけかもしれない。

十数年という時間が経って、私たちは互いに違う人間になった。H君とは、もう連絡を取ることもないだろう。

でも、この小説を読み返すたび、当時の自分と向き合うことになる。そして同時に、H君もまた何かを抱えていたのだろうと思う。

それでも、この小説を読むたび、複雑な気持ちになる。懐かしさと、居心地の悪さと、なんだかよくわからない感情が混じり合っている。H君が何を思ってこれを書いたのかも、今どう思っているのかも。結局のところ、本当のことはわからない。

ただ、当時の自分は確かにあの通りだったし、今もこうして時々その頃のことを思い出している。

そして、私も思うのである。「あんときはごめんよ!こんな小説書いて復讐してくんなや!」

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この記事を書いた人

木村 邦彦のアバター 木村 邦彦 編集ライター

法政大学文学部哲学科卒、編集ライター。専門紙記者の後、支援施設で依存症当事者のサポート業務に携わる。日刊SPA!、週刊金曜日、図書新聞、netkeirinなどで掲載。【連絡先】business.kimukuni@gmail.com